- 冷蔵庫が空になった。レイシがまだあったのでアメリカのブロッコリに加えてすぐ買ってしまう。泥ゴボウとゴーヤチャンプルーを作る。珍しく卵を使った。三月末に植えて789月実を提供し続けた唐芥子はあと五本で終わる。
- 大きく育った唐芥子の苗は今は疲れ切って小さい白い花を咲かせている。日の名残の執事を思わせる傾き方で地面に刺さっている。するべき義務を果たした気配。だが多年草なんだろうか。全く知識がないというのは恐ろしい。
- ともかく週末に杭を立てて囲い支えてやろうと思う。それからたっぷり追肥だろうか。もし生きていてくれるのならばずっと生きていて欲しい。「自分」は生きる価値がない。むしろ消えるべき罪や無意味で苛まれるばかり。
- だが何故か自分以外のものには生きていて欲しい、という願い以外持てない。理由は判らないがそういうものだろう。自分を「」で囲めば辛くなる。生きたいではなく生きていて欲しいが生きるということだからだろう。
- 「」は自分の望みの象徴である。だが恐らく自分が何を望んでいるのかは自分では解らない。だから望みを捨てて生きることが望みを果たすために生きることになるのだと思う。
- 花カツオを買ってからちゃんと鰹出汁をとるようにしている。夏休み期間だからできることだが。家内の味噌汁とは違う自分の実家の味に戻ったということだけれど。先日時間が経った味噌汁を飲むとだしの味が全く違うことに気づいた。危ない深さがある感じ。
- 味覚の記憶というのは恐ろしくて、小学生の時に日の丸教習所の脇の道をとぼとぼ歩いてくる屋台のおでん屋さんの味と同じだ。あれは時間が経ったが低温で煮出した鰹の味だったのか。ほぼ半世紀後に気づいた。
- 小学生のおやつのためにおでんを作っているおじいさんだと思っていたが、夜は酒場になるのかと知って驚いたことがある。武蔵小山の塾に行かされていた数ヶ月があった。塾では本当はなくて母の親友のお兄さんを慰めに行かされていたのだ。
- 厚紙を切って作った変なパズルをしていた。「このパズルを解くと将棋が強くなる」と言っていた。言葉というのは図形的なものだとわかった今となってはこの先生の言うことはますます正しいと改めて思う。
- 一高の秀才で東大に入ったが精神を病んで働けなくなったからせめて塾をしている、と教えられたけれど、全然病気に見えず、むしろ自然でちゃんとした人に見えたな。夜、ところてんをつまみに深酒をいつもして、そうなると変人になる。
- その塾的な何かから目蒲線を使って帰ると、目黒駅前でおやつのおでん屋さんが暗闇に塒を巻いていて、ネクタイを緩めたサラリーマンが冷酒を飲んでいた。これが本物の大人の世界なのかと知った。おでん屋さんは昼も夜も少しでも稼ごうとしていたのだ。
- 塾の先生はほどなくして亡くなった。お腹に水が溜まって蛙の腹のようになって仰向けで死んでいたと聞いたけれど。彼の妹である母の高校時代の親友がその次に亡くなり、母は少し長く生きた。父はまだ頑張って生きているが、母の親友の兄のことは全く知らないはずだ。
- 妙なアドレナリンが出てきた。これが自分を慰めるのだろうか。なんか違う。でも仕方がないのかもしれない。せめてアドレナリンで踊ろう。アドレナリンは出てきて、去って行く。何も果たさず、もたらさず、勝も敗けもなく消えて行く。
- ガス代が5割増えていてびっくり。チャンプルーを作りすぎたか。食欲がない。おでん屋さんを思い出したから、おでんを作ろうか。冷酒で。まだ暑いか。
- 家族という密室の中でどのような言葉が交わされていたのかを、ある時「これは間違った関係では?」と認めざるを得なくなって、記録にとり始めた。3年前の11月の記録を読んでいて耐えられなくなってきた。
- ここでぐっと飲んで寝てしまう、というのが今までのパターンだったが、ちょっと違うかな、逆に飲むのはやめて水に切り換えよう、と考える。一日3合平均というのは少しまずいからな。3分の1か、せめて半分にしよう。
- 酷い不幸がありましたとさ、では死ぬ理由にならない。自分自身を救うことはもうできないが、まだ何か一つか二つ、できる気がする。超低空飛行で水面すれすれをどこまでも南に飛んで行く技量が身に付いている気がする。
- 昨日の夜中にヘルダーリンのAndenkenのことを少し考えた。schöne GaronneがSusette Gontardを示す暗号だ、という本を読んだことがある。確かお医者さんかが私的に出した研究書だった。あの本、どこに行ってしまったんだろう。あまり信用せずに読んだのだが。
- だが、二つの河が合流して大西洋に到る、Pappel, Eicheのペアとか、やはり暗号化された恋愛叙情詩なのかと思う。海を越えてアジアまで行くのだ。
- 命から離れて死ぬ思考はよくない、良いことは話し合うこと、心に浮かぶことを躊躇わず言うこと、という箴言がするりと滑り込んでいていつも哀しくなる。
- やはり心に浮かぶことは躊躇わず口に出そう。それが倫理、という気がする。そのためには心が完全に公平な平衡を保っているかを常に確認しないと。人生はシンプルであるべきで、躊躇わず口を開く、という目標に集中しよう。
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