- 大陸的な蛇の道には行かない気がする。どれほど苦しんでも昔ながらの道に戻ろうとしているということははっきりしている。タイムマシンがあれば小泉竹中の時代に戻って、「あれ」をやめさせたい。
- 日本風の経営に罵声を浴びせて「切れ」と気持ちよさそうに言い放つ人が大勢いた。「そんなことをしたら技術流出する」と発言する聡明な人がいたが、誰も耳を傾けなかった。ポピュリズムの気分はまだ続いている。
- 韓国との話も結局今まで通りに議論はされず、沈黙のまま先送りされて行きそうだ。KT時代も先送りは良くないと語られ続けていたが、それはその通りだが議論しなかった。一時のノリで判断停止して、その放擲の無責任を何か新しいことが来る気配、と読み違えていたのだ。いつまでも議論しない。
- 気分、ノリ、ラッキー、か。うんざりする。「だって重苦しい真面目の世界に我慢しているんだから、羽目外したいでしょ」か。違う気がする。「重苦しい真面目」が本当に正しいのかを議論しないから、重苦しくなっているだけで、要は怠慢ということでは?
- 背の高い庭木を二本剪定した。猿のように木によじ登ってノコギリを使った。作業中ずっと、調布に住んでいた時代のことを思い返していた。空気に枯れ葉の匂いが混ざっているからだろう。多摩方面は秋が美しい。
- 保険の担当者が仕事中に来る。特約を増やして欲しいという話だったようだ。先方はけんもほろろ、と思ったろう。だが給料が激しく下がっているのだからむしろ減らす局面である。前の仕事でドイツにいたことのある人らしく、ドイツ人女性の手厳しさについて雑談して去っていった。
- 生保にはこの仕事についてすぐに勧誘の人に誘われるままに入った。誘われるままといってもあれこれ質問して確認して、「基本形」と変えた契約をしたが、「東京の人は違うんですね、勉強になりました」とか言いながら、その50絡みの人は内心不愉快だったのだと思う。
- 細かい理屈を並べないで男なら黙って適当にハンコをつけ、と思っていたのではないかという気がする。突然妙なハイテンションで茹でたタケノコなどを持ってきて驚かされたが、契約後は全く顔を見なくなったから。そういうものかと思っていたが、…
- 他の同僚とは篤く交流していたようなので、自分だけ露骨に敬遠されていたのだと後刻知った。掌を返す、というか。「この地域の教育公務員はこの保険に入ることが決まっている」と言うものだから共済の人かと思っていたら民間の保険会社だった。
- 小泉時代の悪口をつい言いたくなるが、「理屈を言わずに地域の人間なら黙ってハンコを」「契約書に何が書いてあるか見るな、私を信用しないのか」の地縁血縁依存は「合理主義」改革後、この田舎でも見なくなった気がするのはよいことだと思っている。というか敬遠されているだけかも知れないが。
- 今日は来客が続いて、その後数学の先生がSpätburgunderについて質問に来た。今日は偽ビールを飲んで肝臓を休めるつもりだったのだが、スーパーに入るやSpätburgunderという語が頭から離れなくなり、輸入ワインだけで大棚を作っている店だということもあって探すが当然ない。
- が、心が弱くソーヴィニヨンの安いのを買ってしまった。今夜の目標は、これを1日で飲みきってしまうのはやめる、ということだ。水で割って飲もうかと思う。burgunderはドイツのスーパーでもつい買ってしまう。ドヨンとしたものが好きだ。思えば芋焼酎の甘味もドヨンとしている。
- レジで前に立っていた坊主頭の男性は、黒伊佐錦1,8l紙パックを買っていた。一升瓶ではなく紙パックというところに押し出しの強さを感じる。夜はワインにあうものを作る。朝、庭のイタリアンパセリが大分伸びたのを見た。今思えば、食べて欲しい、と言っていたように思う。
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