2012年1月20日金曜日

2012-01-19

  1. 渋谷に流れて焼鳥、おでん屋さんで出てくる酸っぱく乾いた練り辛子が懐かしく美味しい。天狗舞を飲んでみた。編集者時代の知人、喜多方の人が飲んでいた記憶がある。辛子のように黄色くて濃い。はっきりしていることはその人にはもう会うことがない、ということだ。
  2. 赤いねじり鉢巻の店主は何かに不機嫌になり、硝子ケースの上に乱暴に皿を置く。中国人の女の子が硬い顔で運ぶ。五分後にその女の子はねじり鉢巻と笑いながら焼き串を片付けている。生まれてくる意味がない、ということと、生きることは素晴らしい、ということは同義語なのだ。
  3. 新しい地下鉄で三丁目で降りて十数年ぶりでDugに。麦酒系と乾き物。感情が煽られる表現のパタンは少ないことについていてメモを作る。南口に戻る路上で薩摩料理の店を観察、全く薩摩の料理がないことに呆れ、そんなことに自分が気づけるようになっていることに驚く。
  4. 都内にいる時は音楽を聴かず、電車のモーターの音や人の足音、話し声に耳を澄ませている。駅構内の不思議なメロディーにも。離陸の時に見える白い夜景も311の後は随分暗くなった。あの光の中に誰がいて何が起きているのかがわかる。
  5. あの中に戻るのも寂しい、もう戻らなくなるのも寂しい。根無し草の愚痴だ。人生は選べるものではなくて、ほかの行き場所がなくてある隙間に追いやられる、という風に決まっていく。だから愛別離苦ということになるわけだ。

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