- 自分が読んでおくべき本なのでメモ。。ただ、今生命力が乏しいため、疲れ切りながら熱意の書評を読んだ。「テレビ帝国の教科書」 http://t.co/SorfvR8L
- 像が虚像であることを暴いても、その向こう側にある「本物の世界」が見えない。自分は比喩についての比喩が果てしなくどこまでも続いて行くだけで、世界を基礎付けるものは言葉の中にも心の中にもないのだと思っている。つまりどこにもないのだと思っている。
- けれども真理の世界を「何もない」というイメージで表すばかりでは違う気もする。全てがあり過ぎる世界、イメージがぎちぎちに充満して息苦しいほど色鮮やかな空間なのかもしれない。その充溢に疲れきる。あり過ぎるのもなさ過ぎるのも同じことだ。
- 信じ難いほど音のない土曜日の午前中だった。噴火の衝撃波もない。昼のサイレンが遠くで鳴った。隙間風が寒い。これは比喩ではなく本物の隙間風。流れ流れて流山、という知人が言っていた冗談を思い出した。
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