- 運転中にZeppelinが例によって流れてくる。例によって不器用なギターのリフだと思う。早弾きだが飲みすぎて呂律の回らない人を思わせる。だがそれが魅力になるのだからいつも不思議だ。寝る前にヘルダーリンのある詩に出くわした時にも同じような感想を持った。
- ごつごつとして滑らかでない。下手なのかと言ってしまいそうだがそうではない。鷲が獲物を爪で掴むこととアイヒの枝が空間を掴むことは同じだ、と書いてあった。こうした比喩は冬にアイヒの枝振りを見るという体験を共有しているんだ、という直観が心を掴む理由だと思う。
- だが本当に体験を共有しているのだろうか。心を甘くする決められた枠組みの中で、ややこしいことは皆で忘れよう、としているのではないか。何れにせよこんな物思いのネタにされていることは当のヘルダーリンにとっては関係がない。
- 自分とは無関係なさざ波を立てることでしかない、何かを作るということは。作っては捨てていく。わざと壊れるように作る。書いたところで救われることは決してない。罪障感を抱えたまま石ころのようにじっと耐える以上のことはできず、絶対に来ない待ち人を待つことができるだけ。
- だが不意に待ち人が現れ、あっという間に去っていく瞬間がある。それが存在することの意味なのだと言われると、人類愛にも心打たれるから納得する気にもなるが、今の弱り切った自分の心では、本当かよ、という思いもよぎるのだ。
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