- イネ科の植物がびっしりと密生している草原に鈍く光るものがあるので行って見ると、アルミのプルタブだった。真ん中にあるべき心を失って路上で寝ている自分を見たような気がして、苦々しく思う。
- スタウトって本当に信じられないぐらいに美味しい。これ飲んでいるだけで食事なしでも栄養が十分取れそうだ。Tonsurの僧侶が何かの道具を掲げた絵が描いてある。だが値段を考えると破産してしまう。結局酒税を根拠として大衆酒に誘導されてしまうのだ。
- 沢山資料を作り演説の段取りも考えた。学内の議論が低次元であるのを恥じて切れかかったが反論を準備して心を落ち着けた。気力が充実してきた。しかし何だって穏やかな教職なのに格闘技みたいな毎日なのか。自分の不徳のためだろう。だが世界が美しくない、質が高くないことをどうしても見たくない。
- 今まで走ったことのない隣町の旧市街を自転車でゆっくりと流すと、水の流れに沿ったのであろう古い道の曲線が入り組んだ様子を身体に刻むことが出来る。国道はその集落をカミソリで断ち切る傷口なのだということもよくわかる。鉄道は逆に集落を避けて、その外側を曲線的に迂回している。
- 明治時代の線路と違って、昭和の国道は共同体の中心をたたき壊して、まっすぐに能天気に延びていることが、地図では見えないがポタリングの速度で移動しながら観察するとよくわかる。道路網というのは繋ぐのではなくたたき壊した痕跡だったのだ。
- だからネットワークというのも気をつけた方がいい。心を繋ぐものになるためには細心の注意と努力がいる。国道という傷口から離れて細い道に入ると、ぺんぺん草の食堂、葱の畑がある。この空白の場所に食堂がある意味がかつてあったのだ。真っ赤なペンキの朽ち果てた倉庫にも。
- しかし醜いカミソリの傷口に気づくから、水の流れる世界の美しさを認識できるのかもしれない。近代には傷が不可欠なのだ。若い人が耳たぶや鼻に穴をあけるのも、不可欠な傷を受け入れる意思表示のためなのだろうか。
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