2011年10月29日土曜日

2011-10-28

  1. 道路の真ん中を雉子が歩いている。背後から近づく車を何度も振り返りながら、よたよたと逃げていく。まるでお伽話の世界にいるようだ。こんなにのんびり生きていたら、猫やカラスにさっさとやられてしまうのではないだろうか。
  2. 古いユーミンの歌が流れてきて、勝ち気な瞳、労働者階級、未来を夢見ている、と言っている。勝ち気な瞳はあるが、未来を夢見るboysは今いるのだろうか。自分たちの世代は若い人たちが未来を夢見れなくなるような社会を作った責任者の側だ。
  3. 「まだ諦めたら駄目、遅れた日本をこれから啓蒙していけばいい」という友人の声が空耳で聞こえる。だが西欧の方法に倣って行動すると「夢見る未来が待っているはず」と信じられる根拠はどこにあるの、と自分は考えてしまう。根拠などない、単なる惰性の主張ではないのか。
  4. この道が谷を出て平野につながる道だ、と信じられる心は、この言葉は単なる情報ではなく詩に違いないと感じる心と同じだと思うのだが、その信念の根拠はどこにあるのだろうかといつも考えてしまう。土、血、夕星、等々のイメージを根拠にしている心以外の心を知らない。
  5. また古い曲に代わり、19になったお祝いに作った唄、と歌っている人がいる。誕生日を記念して作曲するのか。よく考えてみれば不思議な行動である。
  6. 市内に着いたらとんでもない降灰で、数日前に600円もかけて洗車したのが無駄になった。久し振りに市内の人が傘で灰を避けている姿を見た。確かに髪の毛に手をやると恐ろしいことになっている。降ってくるもの、舞い上がるものが混じり合い、行き交うヘッドライトが滲んでいる様は美しくもある。
  7. これもまた久方ぶりにファミレスに入り、セルフでのスープをくみにいく。何度かき回してもかすかなキャベツの切れ端と一粒二粒のコーンしか入ってこない絶妙の具の少なさ。救貧院にいる気分。この具の少なさの塩梅はコスト削減のために研究を重ねたノウハウなのだろう、多分。

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