- 昨日の夕方、車に跳ねられた茶色い猫を見た。道路脇で手足を伸ばして死んでいた。道の真ん中で踏みつぶされるのはあんまりだと、誰かが脇にのけたのだと思う。少し走り、海から高台に登る坂で、今度は踏みつぶされて肉片になった白い猫を見た。
- 同じ道を通る。今日もその猫の身体の痕跡が道路の中央に張り付いている。アスファルトに食い込んだ綿ぼこりの盛り上がりのようになっている。南無阿弥陀仏と唱えながらその紅白の塊を踏まないように跨いで走る。南の雨に流されて、一日も早く生まれ代わってきて欲しい。
- 正義を求めると悪事を悪と見る基準も疑わしくなる。小さな悪いことをした男の子と話をする。父親のいないその子は途方に暮れた広い背中を見せて、ミニバイクで去っていく。彼は毎日途方に暮れているだけ。気がついたら小さな手漕ぎボートで霧の海のど真ん中にいる気分。
- 同じ日に生まれたての赤ちゃんを見た。菱型の口で笑う大喜びの赤ちゃん。この子もすくすく育てば気づくはず。悪いことをしない男の子は、少し信用できない。罪の意識がない人は、無償の愛の心もないから。
- give and takeも因果もこの世にはない。猫の死骸と我々は、理不尽で無秩序なそれぞれの軌道を落ちる友人同士だ。ぼくはミニバイクの子と話をしていて心に思ったことを口にしない。だから彼には伝わらない。きっと神的何かが長い時間をかけて伝えてくれるのだと思う。
- 川崎方面から息子の学校の寮に子供だけ送り込んできたケース。重税になっても給料が減ってもこういう例を増やすために使われるのであればいいのだが。別のどこかの利権に消えるからストレスになる。
- 都市は多かれ少なかれ、逃げて来た人をかくまう場所なのだ。村落共同体と違って都会が優しいのはそのためだ。故郷を失った人のための故郷。母校と同じく女性名詞。理由はどうあれ、人がどんどん増えていくと楽しい。変な人が増えるから駄目、という感覚から自分は遠い。
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