- ミュンヘンのことを考えた。中央駅の近くも東駅の近くでも気が休まらない。雪が降っていてもチロルまで出た方がまだ温かい気がする。遊園地のような中心部を出ると断食芸人の世界だ。何故なのだろうか。ケバブ屋を規制しているからか。泊まりたくない。バイエルンMのサッカーも前時代的で暗い。
- バイエルンのサッカー=ターミネーターの世界は暗いんだ。機械的なセオリーを辿る人=ロボットが五体満足でなければならないと誰が決めたのか。腕のロボットは腕に特化している断片で何故悪いのか。飛び回る目玉は温かい。人体の形に部分を統合しようとする思想は気味が悪い。
- 太陽を見ても心因性の体調不良は治らない。朝湯はやっぱり無理だった。洗濯や掃除、片づけで午後になってしまった。昼飯を作ってやろうとしたら息子がいない。自転車がない。どこかに行ったらしい。意欲を失って、何を食べても紙の味しかしない。
- 活字を見ることができない。だがこれは神経が疲れ切っているのであって、掃除機のごみ捨てサインの点灯のようなもので、電源を切ってリカバリーするのを待つしかない。文学にこだわる文弱の自分を狂人の一種と思っている人は多いが、自分は文学を介さない人のことを狂人だと思っている。
- いつも同じ背広、同じ髪形、イノベーションを嫌う正常な人たちは、ただの文弱に狂人と見られているのに気づくと大変に憤慨する。無価値・無用・よそ者等々を根拠にして必死に攻撃をしてくる。反論してからかってやるとさらに憤った顔をする。
- 影で足を引っ張られても、自分は本質的に全てを失ってしまっているので殆ど困らないから気にならない。だが、「本質的に」とはどういう意味だろうか。無根拠の上をふわふわと浮いている比喩の暴走にしか見えないのだ、自分という社会的存在も、社会制度も、この世で幸福と言われている事柄も。
- しかし、私はオリンパスユーザーなんですが、カメラを構えているとかなり恥ずかしいのだ、最近。黒いストラップに「損失隠し」と書いてある気がして。
- 本田の人が自分の留守中に(帰りがいつも遅いので)「新車が出たので店に見に来い」と何度も電話をかけてくるので家族が怒っている(何故か、あなたが舐められているから押し売りの電話がかかってくる、と言われる…理不尽なことに)。
- 娘が生まれた時に買った思い出の車、しかも車検を通したばかりのそれをゴミにしろ、という大変失礼な要求である。しかも給料が1割減でこの先生きていくのもままならないのに、何が「新車が出ました!」だ、アホらし。自分からかけて嫌みを言うのも変なので、先方からかかってくるのを待っている休日。
- 女郎蜘蛛の気分で、スパムtelが掛かってくるのを待っている。ピーピーという声で洗濯機に呼ばれた。
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