2011年11月1日火曜日

2011-10-31

  1. 「伝統宗教には固定客が多い」のか RT@historyanddigi: 人文会が『人文書販売の手引き』というものを作成しウェブで公開している。 http://t.co/OPAsYhTb 人文系の学術書担当の書店員向けだが、別の観点から人文学を眺めているようで面白い。
  2. 学園祭期間中は何が起こるかわからず、緊張が全く解けなかった。昨日は安心して深酒をする前に眠りこけていたらしい。朝、洗濯物を干そうとベランダに出ると、一匹のジョロウグモが所狭しと糸を張りまくっていた。労作だが全て取り外してお引き取り頂く。
  3. 蜘蛛をしげしげと観察した。顔にあるのは紫色の目なのか、模様なのか。蒲団叩きの棒に乗せて庭木に落とそうとしたが、抵抗してプラスチックの床に落ちた。棒で触れると攻撃されていると思うらしく、仰向けになり脚を縮めて死んだふりをする。ともかく棒にからめ捕ってヒマラヤ杉の上に落としておいた。
  4. 今夜また蜘蛛は糸を帆のように使って飛んでくるだろう。日差しは穏やかで焦げて濡れたような秋の空気。編集の仕事をしている時、小平の印刷所に西武線を使って出張校正に出かけた。小金井だったかもしれない。二十年ほど前のその日と同じ空気だ。黄色い電車の窓から磨りガラスの蕎麦屋が見えた。
  5. お金がないと言う一方で介入?断固たる措置をとるとは、為替介入で借金を増やすことだったのか。意味ないし。A君もM君も民主党のある方面には口先三味線が板についている人が多い。からぶかししているバイクっぽい。
  6. プロイセンの歴史(魚住昌良訳)、という本を何となく眺めた。15世紀にプロイセンが事実上ポーランド領になったことを、「後のドイツ・ナショナリズムの歴史記述は国家の破局だと見ている。しかし当時は誰もそのようには見なかった。15世紀は国家という概念でものを考えてはいない」
  7. ドイツ系の人も、「管理も遥かに緩やかなポーランドの宗主権下への移行を解放と感じた」13世紀の騎士修道会の残虐行為、現地人の絶滅政策の後、「騎士修道会は修道士としての規則により自らは子孫を残せなかったが、キリスト教徒の新プロイセン国民を欲しいと願い、プロイセン国民を創った」
  8. 民を創るとは恐ろしいことである。「とてつもない恐ろしいことが起こった後、新しい人々が登場し、墓場の上で活躍し、屈託なく楽しむのだ」ここでエフィ・ブリーストの最初のページ、お母さんと縫い物か何かをしているシーンを思い出す。
  9. 今日は少し時間が合ったので、Hueberの語学勉強用のテキストをとり出し、「目の上にトマトを載せている(=見ていない)」「咽に蛙がいる(=喋れない)」等の表現を楽しく学ぶ。受験勉強のようだ。受験勉強をしている頃は今思えば気楽だった。
  10. 介入がどうなったのか調べてみよう。試験勉強で高得点をとる人が必ずしも聡明でないケースをたくさん見すぎているから信用できない。両目の上にトマトを載せていても大学入試くらいはどうとでもなる、ということなのだろう。

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