2011年11月14日月曜日

2011-11-13

  1. 門仲に泊まっているときは駅前のバーに寄るのだが、今日は人と雑談をする気力がなくてまっすぐ味気なく帰る。鬱なのかと思ったが違う、昨夜三時まで飲んで身体が単純に疲れているんだ。思考も感情も全て停止。
  2. 静岡から戻るとき、藤沢で途中下車して何となく体が覚えている散歩道、江ノ島の入口まで荷物を転がして歩いてみた。サザエを食べてみた。オレンジ色の太陽光を浴びている赤ちゃんや小犬を連れた若い男女、厚着の老夫婦。発熱の気配を抱えた自分だけ取り残されている気分だ。
  3. あるお店の看板に、小太郎、と書いてある。小柴胡湯をしょうさいん、こたろう、と発音して立往生していたおばあさんのことを時々思い出す。恵比寿の漢方薬の店。子供時代は月に一度は発熱して白い濃い注射を打ちに、表札に医学博士と彫り込んである診療所に行く。
  4. 薬が強すぎて吐いているのではないか、と母親が言うと、これ以上どうすることもできないから、と先生に言われて、途方に暮れて恵比寿のアーケード街に出て漢方薬局に入ったのだ。処方された高価な薬草を土瓶で煎じて毎朝飲んでいると、自分は嘘のように普通の、身体になった。
  5. 日比谷公園の噴水を見ながら、屋台で買い込んできた中近東風のものを飲み食いしている。人々が身につけている淡い色の組み合わせが目にしみる。隣のベンチで大学生のカップルがかわいらしいお喋りをしている。中高年になっても居酒屋でお喋りする。スナックでお喋りする人もいる。
  6. 野音でロックを慣らしている人たち。まばらな拍手が聞こえる。中高年が演奏するロックは、クラシックに比べ保守的に聞こえるのは何故だろうか。子供時代にドーランを塗っ人たちがソーラン節を歌っているのをテレビで見て、日本人として生きていくことに不安を感じた。
  7. 閉じこめられて駄目になっていく気分がするのだ。アジアに生きていく、というのは打開ではなくて閉じこめられていくことだ。一昨日、進取の精神の意味を少しでも考えているのならその発言はないはずだと言ってしまった。
  8. またひどいことを言ってしまったかと寂しい気持ちになったが、改めて考えても自分は間違ったことは言っていない。暗くなってきた。飛行機に乗らないと。
  9. 最終便の時間が15分も早くなっているのをモノレールの中で気づき、久し振りに少し焦る。今日気がついたのだが、自分は飛行機に乗ることで何かから逃げようとしている。本当は逃げられないと知っているから飛行中後ろめたい。下界に降りて慣れるとこの鬱を忘れてしまう。

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