2011年11月20日日曜日

2011-11-19

  1. 一日中雨が降っていた。21時過ぎに中央駅の近くのコイン駐車場に車を入れ、薄暗いアーケード街を抜けて駅ビルで何か食べようとしたが、途中のインド料理に入ってしまう。ほうれん草とチーズのカレーを食べた。熱くて唇を火傷した。
  2. 閉店間際だったらしく、サグパニールを運び終えるとアルバイトの韓国の女の子は店を閉めてまかないのカレーを「美味しい」といいながら食べ始める。小さな四人掛けのテーブルにベンガル語で熱く語りあっているコックの二人とオーナーらしいお腹の出た渋い中年インド人が加わる。
  3. 「ありがとう」「今言ったこと、通じてるよ」と韓国の女の子が日本語で言う。背筋を伸ばしてカレーを食べているインドの男たち。四人いるから雀卓を囲んでいるようにも見えるが、未来的な家族のように見える。一筆書きで書いたようなコックさんの白い服。楽しいけれど短くしか続かない家族だ。
  4. この先社会が壊れても、創意工夫すれば楽しいチームでそこそこ楽しく生きていけるのかも、と、ふと確信した。帰路の国道では雨足が強まり、巻き上げられる水滴が視界を遮る。他の車ともつれあうようにして夜の水煙のなかを走ってきた。
  5. すねが痒い。首筋も刺されている。雨の日は南風で気温が高くなる。まさか新たに蚊が生まれたのか。本当にあちこち虫に食われている。
  6. 「ふと、壁の前に立ち尽くしてしまう。不運の壁なのか、絶望の壁なのかわからない」「悲しくてたまらなくなり、ぼくは人生をやめようと思う」「だが、人生をやめるぼくのことを見る人の眼の悲しさを思うと、更に悲しくなり、人生をやめることが出来なくなる」
  7. 「結局、壁に囲まれた小さな部屋の中に立ち尽くして、足の先から壊死していく自分を眺めたり、何か別の楽しいことを無理に考えて気を紛らわしたりして、いつまでもいつまでも日々を送ることになる。黒っぽい枝と白い根の植物のように、この場所を動かずに」(人生の要約)(人間失格風)
  8. 「家に戻った。白い蛍光灯が胃に刺さるようだった。取りあえず排泄して眠った。それから幾日もサンルームから庭を見て過ごした。何も考えることができなかった。庭には煉瓦が敷かれていて、黒い水盤が置かれていた。濁った水が溜まり、虫の気配もなかった。渇いた沼のように、食べ物のことを考えている
  9. 自分のことを植物になぞらえる人は、他人のことを植物であって欲しいと潜在的に思っている可能性がある。他者はよく動く動物だと見てあげるべきなのに。心が鉄のように凝り固まって調子が悪い。今日、時間のやりくりがつかなかったせいだ。明日、海の方に歩いていって朝湯してみよう。

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