2011年2月9日水曜日

2011-02-08

  1. 地デジ対応のために購入したブルーレイレコーダーが届いた。子供の頃はこういう電気製品の箱が家に届くと、新しい希望が届いたような気がして嬉しかったものだが、歳を取った今となっては箱は新しい雑用を処理するためにやってくるものに過ぎない。重たい箱だ。
  2. 頓珍漢なメールにつきあわされて30分も時間を無駄にした。銀行に行ってスーパーで珈琲を買ってきた。明日の昼の用意までしなければならないことを思い出して、焼きそばやら厚揚げやらを買う。ミニ醤油とヨーグルトを買った。トマトを買った。
  3. 子供がいなくなる世界というのは寂しい。新しい希望がないのは、家電製品製造で日系企業が競争力を失ったからなのではなくて、子供が来るのを望まない社会の素振りを日々見させられているからではないか。
  4. 本当に話し合わなければならないことは、子供を産み育てて未来をつなぐ価値があるのかどうか、ということでは? 現行の日本人社会には、この先も存在する価値があるのか、ということとか。
  5. 財源がないからやめろ、という話ばかりで、「ぼくたちは望まれて生まれてきたのですか」と子供がきくと「年金制度を維持するためには君たちに働いてもらわなければ困る」という返事が帰ってくる。
  6. 「愛」や「存在の価値」について答えようとする意志を持たない人を見て、「希望」を持つ人が現れるわけがない。「そういう難しい話はやめよう」で逃げ回るばかり。希望はヤマダデンキで捜し、夢はパチンコ屋の煙を吸って見る。
  7. 仕組みについて考えることに没頭すると、自分以外の生身の人を忘れられてすっきり、という事なのだろう。だがこれは秋葉原の人がしていることではなくて、〜長のつく大人がしていることである。今盛んの消費税についての議論も不満。数字勘定ばかりで、社会の価値について思考している痕跡がない。
  8. 自分で「生身の人」と書いて「刺身の男」の誤植をまた思い出した。これから豆腐を食ってやる。
  9. 夜の10時まで根を詰めていたら、それは疲れる。それでもまだ予定の仕事が終わらない。果てしがない。サラリーマン時代はもっと楽だった。だが、仕事が選べなかった。研究に関わる部分は自己責任のみなので果てしなく働いても苦に感じないのだろう。
  10. 心が苦しまなくても、肉体は疲れ切っており、咽が痛い。大きな丼飯をお代わりして、その丼にはマッターホルンのようにてんこ盛りをして粛々と食べている痩せた若者を食堂で見た。白米の作る鋭く切り立った稜線が目に焼き付いている。

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