2012年5月30日水曜日

2012-05-29

  1. クレームに対応しなければならなくなって正直気が重いが、仕方がない、仲間内の問題であれ自分が責任を負うことが給料の源泉になっているから。チームが全体としてスキルアップしていけばいいから、と考えると明るくなる。仕事の世界では成長レトリックを適当にばらまけるからまだ簡単である。
  2. だが、成長という図式を描くことができないと、この明るさや慰めが期待できない。成長しない社会、縮んでいく未来、死んでいく自分、今後失うだけの人生における明るさの源泉とはどのようなものなのだろうか。ich weißという詩がある。もう仕方がない、どうにもならない、という意味なのか。
  3. 歳をとってもまだまだ自分にはバイタリティがある、やりたいことがあるから、という生き方もどうだろうか、と思う。単に問題を先送りしているだけ、ともかく死ぬまで何も考えずに引っかき回してやれ、という意識に見える。この意識が自分にとっては昭和的な何かだ。

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