- 歴史が完全に改竄されて、改竄された膨大な歴史書が積み重ねられ、大学で多くの若者がその歴史書を解釈して、改竄された事実を真の事実として受け止め、それを子供たちに語って聞かせる。それが何世代にわたって繰り返され、改竄されたものが長い人類史になった後でも、
- 事実が厳然として残っていて欲しい。人の目には事実は逃げ回るネズミの姿にしか見えなかったり、変質し続ける雲の色合いにしか見えなかったりする。
- このような比喩を考えるときに、「事実」というものは「自分の心」の比喩に過ぎないのであろう。アレゴリーに恃みすぎても駄目だ。アレゴリーを覚ましても何も掴めないし、アレゴリーの中にも何もない。雑用のしすぎで心が乾いた。「やれやれ」だ。駄目だ、朝から。
- たいへんむかつく電話を何度もかけてくる人がいて、ついに切れて根回しして乾かしてやろうかと思ったが、今日は体調が悪いから腹を立てただけだと自分を宥める。全くもって「やれやれ」である。駄目だ。
- いつも困るのだがアップルストアで映画を借りて見る暇がない。48時間以内という条件が気になるので決心しないと見られない。あと7日の日本映画は飛行機の中で見ることになると思う。
- 海を見ると宝石のような水色で、強い東風に表面がせわしなく騒めいている。昼間は暑いほど、風は冷たく朝晩だけ寒い。あちこちで彼岸桜が咲いている。時々海浜公園で見かけるキャンピングカーが昨日やってきた。渡り鳥のような生活をしている人がいるのだろう。
- 夕方近く眼鏡橋を渡ると逆から小学生が二人走って渡ってきた。学区変更の前に息子が通っていた青帽の1年坊主が笑いながら走ってくる。前歯がない。まだ大人の歯が生えていないのだ。学校が終わって大喜びで明るい川を渡っている。
- 哀しくてならなかったが、この光景はずっと覚えておこうと思い、目に焼き付けて言葉にも書きつけておいた。あらかじめ失われた恋人たちだ。渦巻きの形のリルケの詩だとか、若い頃の石橋蓮司とか、分けの分からない冗談をひねり出して感情の平衡をとろうと思う。
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