- 将棋の王将戦をやっているというニュースを見た。この雰囲気の中で集中して読んでいるプロの精神力を思ってはっとした。一所懸命というのは美しい心だと思う。
- 最初の水素爆発のときは無知故仰天して「わかりません」発言に苛立ってしまったが(枝野氏にはかねてから不信感を持っているので)、総じて「伝えられることは伝える」という姿勢にぶれはなく、評価するべきかと思う。
- 民放の報道番組を見ていて違和感を感じるようになってきた。事態は全く好転せずむしろ悪化の一途を辿っているのに「日常」が戻ってきたのだろう。番組の文法に添って演出された被災地の報告に違和感を感じるのだろう。
- 被災した人に必要な情報を流し続けているAMのNHKラジオと比較すれば分かりやすいが、要するに被災していない人が、安全な場所から遠いびっくりを眺める「番組」が作られ始めているのである。
- 短い睡眠をとって明日はベルリンに向かう。よりによってこんな時にと後ろ髪を引かれる。みなさんごめんなさい。用を済ませたらすぐに帰ってきます。
- 一言言い忘れましたが、「欧米メディアが原発関連で日本の情報開示が控えめ過ぎると疑いの目を向け始め」については、十分に怖ろしいことも淡々と報告されていると思います。彼らがそれを理解できないのは彼らの理解力の問題だと思っています。
- 普段はがっくりするほどの光の多さだが、もうどこにも移動せず、死ぬまでここを動かない、という植物の意思表示の気分。新燃岳を見ようと懐かしい展望台に登るが雲がかかっていて高千穂峰の胸から下しか見えない。
- 神経のギアが変わったようで、急に意欲が出てきた。時間は10日しかない。無理矢理に時間を作るのが精一杯で準備できずに飛び出てしまうが、今回を最後に国内に腰を落ち着けることになるから全部片付けてこないと。
- 目の前に沢山の人がいてゆっくりと動いている。みな生きていて小さな言葉を使っている。わたしたちはみな、ゆっくりと食べられている、という詩は自分のものではないけれど、いつかこの人の詩を世に広めたいと思う。というか、すでに共有されているのかもしれない。
- ヘルシンキにて、原発の爆発と静岡の地震を知って倒れそうになっている。ひどすぎる。
- 人を安心させる言葉が思いつかない。自分の無力が辛い。
- 富士山で地震とは…鹿児島在住としては普通の噴火であれば地震や津波よりずっとましだと思うが、普通の噴火ですむだろうか。明るいことを言おうとしたのだが…
- 動揺せず集中しよう。まだ移動中なのだ。
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