- グリューネヴァルトの祭壇画を見ること、モンテーニュを読むこと、という宿題を持ち帰ることが出来た。やはり面倒がらずに学会には出るべき。人と接すれば必ず得るものがある。
- だが反面、天気や温泉の話題、駄洒落に終始する集団もある。今の職場とか。つまりは共通の話題がない、本来全然別の人種なのに事情があって仲良くしなければならない、というケースは精神的に辛い。祭りの済んだ後はすっきりせずにいつも鬱になる。
- 今日エルンスト・ユンガーの技術批判について話していた人がいて、大変興味深かったが、はやぶさ計画の中止についての報道を見ていると、もしかしたら役に立たないかもしれない何かを信じる、というロマンティシズムは科学技術のある領域に引き継がれているのでは、と思う。
- 日頃の鬱憤からつい科学技術批判はつい熱く読んでしまうのだが…いずれにせよ科学技術の力によって自然が死んでしまう、という考え方から、科学技術の力を借りなければ自然は死に絶える、というイメージに変質している今日。今年の三月で再び「科学は自然を殺す」に戻る。
- @oedipa_49 こういう催しがあったのですか。びっくりしました。昨日熊本の新市街で須賀敦子が書いているコルマールのグリューネヴァルトによる残酷な祭壇画について話していました。
- しかし、祭壇画の中にある直線のいたるところに埋め込まれているシンメトリーとは不気味なものである。
- 昨夜は同僚の先生を車で送っていったが、花街に接した地区にあるホテルは桃色と黄色の看板が光っていて、このホテルの佇まいは大丈夫なのですか、と思わず言ってしまったが、彼は微笑みながら門をくぐっていった。車を立体駐車場に押し込んでから再び会って、別のホテルに登ってしっかり飲んだ。
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