- 休日に休めるのは何日振りかと思う。寝床の中で呆然としていると、わざと間の抜けたラッパと声で豆腐屋の車が来る。日差しが明るく、アルミサッシが柔らかく燃えている。80年代の半ばの頃、ぼくは円覚寺の近くで陽を浴びた竹林を見ていた。
- 道を下っていくと、軽トラックの荷台を開いて何かを売っている。人だかりに柴犬を連れた人がいた。何を売っていたのかが思い出せない。赤い人参があった気がするが、思い出せない。思い出せない自分を呪いながら、暗くした機内で何時までも続く轟音のような耳鳴りを聞いている。
- 消えない金属音と、視野の一部が濁る景色。記憶のほうは消える。その時一緒に歩いていた人に訊くことができればよかったのだけれど。いろいろなことがあって、その場所で撮った写真もなくしてしまった。やっぱり豆腐ではなく、野菜だった気がする。嬉しいことに少し思い出した。
- 椅子を買いに行くのはどうだろうか。小さな逃げ場ができた。小さな目標が出来た。寝転がったままだと、空気が紙鑢のように感じられてきて、息をするたびに血がにじむようだ。
- 白っぽいビニールの椅子を買ってやろう。人の作るものは全てまがい物だからだ。海辺で使う用のイタリアの椅子も安物で10年程で壊れた。人と一緒に壊れていくものの方が落ち着く。紙と木で組んであって、どんどん変化色になっていく家とか。
- しかしまあ、絶対事故らない、と言っていた連中が事故後は黙るのかと思っていたら、一斉に放射能は浴びても大丈夫の言に飛びついている、虫っぽい、というか、ミンナ一緒に〜、という感じである。TLを眺めて思う。俺も彼らを見習って恥を恥とも思わず生きて行っていいのかな。
- 言葉を馬鹿にしている、というか。恥を知らないところにモラルはない。自分は社会の一線を守るために若い人を裁いている。だからなおのこと、裁かれずにすむ安全な巣の中でインモラルな想念をグルグル巻いている中高年を憎むのだと思う。
- 下らないことを考えても仕方がないので、庭に出て草を刈った。東側に四本地植えしたゴールドクレストのうち、一本が枯れてしまって切倒したが、その跡に何だかよくわからない樹が勝手に生えてきている。暫く見ないうちに結構な大きさになり、葉っぱは虫食いだらけ。流石南国だ。
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