2011年4月3日日曜日

2011-04-02

  1. いくつか寂しいことがあったが、その最たるものは採用者に課せられる宣誓だった。かつての、国民のために奉仕することを誓う、という主旨の宣誓文が消えていたことを知った。誰か人が作った小さな内規を遵守します、と宣誓させられていた。
  2. そう、宣誓を強いられていた。本当に驚いた。正義と理念に誓うのではなく、「内規を犯したのはこの人の責任です」という言質を取らされることをしていた。この果てしない違いに気づかなくなったことが日本人の劣化の証だと思った。
  3. つまり自分も忘れていたのだ。つい15年前までは、まだ我々の社会は理念に基づくことの価値を信じ、国民への奉仕、という語にオーラを見ていたのだ。理念への信頼はマニュアル主義でない柔軟性に繋がる。80年代までのマネージメントはおおらかで自由だったのだ。忘れてしまっていた。
  4. ただ、言葉が変わっただけなのかも、と自分を慰めたい気にもなる。国民への奉仕、という言葉は共鳴とか支え合いとか絆とか、Solidaritätなどの語に転じただけかもしれない。だがこれらの語は感情に根ざすもので理念に根ざす発展や拡大のイメージを持たない。
  5. 周辺諸国は近代国家である。私たちだけが困難によって醇化されて近代後の社会を確立することが有利になるのかどうかはまだよくわからない。先走りすぎだが、震災数ヶ月後からは冷たい国家間のリアリズムと向き合わなければならない気がしてならない。
  6. 日本のテレビを見ていると、まず連日涙が止まらなくなって血圧が多分上がり、疲れ切っているのはそのせいかと思う。胸を裂くシーンをあげればきりがないが、やはり最たるものであれば看護師として被災地を離れる姉を見送る小学生の妹の姿だった。
  7. ピンクのジャンパーを着ている。首を90度に曲げて下しか見ない。不自然に首を曲げて靴の先っぽに涙を流している。お姉ちゃんがいなくなってしまう。宮沢賢治の詩を飛び交う妖精のような素朴な女の子だ。自分は多分この子と同じ遺伝子を持っている。荒木経惟に幸福写真という写真集がある。
  8. 一方で三才の男の子をビニール袋に入れてガムテでぐるぐる巻きにして、窒息するまでテレビゲームをして待っていた、という親の記事については、ワンフレーズの見出しによるセンセーショナリズムを洗い流しても、耐え難い。
  9. この二つの世界をつなぐ共通の基盤を想定することは、テレビゲームで遊ぶに等しい欺瞞に見えるのかもしれない。理念が地に落ちたと見るのはその視点からだと思う。だがこの二つの世界は命という事実を共有している。命は残酷で悲しい。それでもそれを受け止めない限りは新い命も生まれてこない。
  10. 寝なければならないのに、寂しくSpiegelをまた見てしまった。もっといいソースがあるのだとは思うが、横断的に読む余裕がない。今日の記事もまずい。日本についての記事では粗ばかりが目立つが、どういうことなのだろうか。
  11. 既に10日以上前に問題となった作業員の食事の劣悪について、日本ではメニューの詳細が既に報道されていたが、大まかに「クラッカーとカップ麺」だけ食べているかのように誇張されている。皆を憤らせたこの古い話題を持ち出したのは、放射線計測器不足の話題に繋ぐためのテキストレトリックなのだ。
  12. そして目を疑ったのは、出典がFoxだった…「既に放射線病を罹患している人がいるのではないかと危惧している」と言う書き方は巧妙である。だがそうした究極の被爆の事実はないが、「危惧」と言う言い方でやんわりと煽っている。
  13. 急性の放射線傷害と長期の癌の発病可能性は別の話なのに、二つの文をくっつけるレトリックを使っている。枝野らがおかしな作業服を脱いだとラジオも茶化しているが、確かにあの出で立ちはいただけないが、服の趣味が悪いと言われればあんたたちも赤褌で海で泳いでみれば、と言返したくもなる。
  14. 揚げ句の果ては時間単位のシーベルトを素朴に24でかけ算して、この作業員は死んでいるはずだ、と投書でうんちくを傾けるドイツ人までいる。実作業時間を取材せず、どころかどうでもいいと無視して記事を書いているから起こる勘違いだ。
  15. GIも線量0.1以下の東京からすでにドイツの人たちは撤退してしまい、その対応に憤っている日本人スタッフの無償奉仕で成り立っている始末だ。そして遠くからテレビをネタにしたうんちく話。かたや米軍は福島で身体を張って真水を陸揚げしている。
  16. こうした事態を国内から見ると、やっぱり日本とプロイセンの特別な関係は150年で終わったと感じる。日本人は外国の人が何を語り、どう行動しているかを心の片隅で冷静に見ている。仕方のないことだが、我が国は西ではなく東に向かうだろう。これは自分にとっても敗北感のあることだが、事実だ。
  17. 労使対立の枠組の中でデモクラシーを育ててきた欧州では、弱者への配慮という正義に基づくSpiegel的図式は意義があると思う。だがその形式を日本への報道に当てはめればただの頓珍漢になってしまう。批判するつもりはない。要するに、仕方がないのである。
  18. RT@masaru_kaneko: 確かに煽るのはいけませんが、チェルノブイリ原発事故から小児甲状腺癌がその影響だと認められるまで20年もかかりました。人類の経験のない領域へ入りつつある事への謙虚さも必要です(『医学のあゆみ』http://bit.ly/fNLl5H参照)。
  19. そうだ、自分も謙虚さを失うと事柄の最重要性を見誤るかもしれない。寝落ちしている猫を二階に運んでから、一時休んで考え直してみよう。
  20. 一月の記録を読んでいたらアジアカップだったのだ。それから新燃岳が噴火している。すでに遠い昔の出来事である。
  21. 毎夜21時にNHKに現れる茶色いセーターの静かな声で話す先生に説得されて、放射線はあびても平気なのだと信じ始めている我々である。「どれだけ浴びたかを意識しておく必要はあります」生存可能性という数値に還元されていく人間。いいことなのか悪いことなのかを判断しようとしても無駄だろう。
  22. 安ワインまずい。身体に悪いと思う。これを一本飲むことによって発ガン可能性は確実に高まっている。脳内を流れる海水に薄められて、なんだかよくわからなくなっていくことが極めて情けない。
  23. 姉妹飼いしていたもう一匹の猫は2年前に死んでしまったが、甘える今の猫と違いひっかいたり暴れたりの難しい猫だった。一人で二回で難しい顔をしてじっとしていることが多かった。
  24. 長期間家を空けると、ソファの上に大小の粗相をする猫だった。革のソファを二度捨てた。だが、「もう駄目だよ、こんなことをしたら」と「指導」したのは余りにも無知で浅はかだったと思う。この猫は寂しがりで不安を抱えるから引っかいたり人から離れて難しい顔をしたりしていただけだ。
  25. 1週間も家を空けるのは悪かったとは思うが、家族全員で都内に帰省しなければならない事情が当時は多々あった。説教したのは間違いだった。爪を立てられてもかわいがってあげるべきなのに逆だった。時間が経たないと全く真実を理解できないのは何故か。
  26. あれこれ言いながらも今現在進行している事態を理解することはできていないはずだ、という自覚が死を選ばずに生きている理由だろう。私の選択は多分間違っている、という意識が生き残ろうとする心の基底である、としたら…「何もわからないし何も聞こえないし何の意味もない…」
  27. 炭酸を塗った壁、無菌のニスが塗られた砂色の床、殺菌されて付香された縞模様のシーツ。窓を開けるとよだれを流しつづけるヒトコブラクダ。電子音のチャイムが鳴り、大勢の注射針をもった白衣の男女が戸を叩いている。

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