2011年4月29日金曜日

2011-04-28

  1. 昨夜日帰りで都内に行って帰ってきた家内が「鹿児島は寒くてきつい」と言っている。都内の人は「南だから暑いでしょう」冬は「暖かいんでしょう」と言い張って、違うと説明しても絶対に納得しない。人は風評で強く縛られているもので、自らの身体で感じない限りその縛りを解くことは無理だ。
  2. @greenpal31 騙されていた振りをしていただけ、もたついたのは経済に聡かったからの行動、という指摘はまったくその通りだと感心しました。
  3. 本当に疲れたが今の役についてからまだ3週間しか経っていないことに絶望する…本を読む暇(いとま)のない教員というのは、皆にバカにされる役になった総理大臣のようなもので矛盾した存在である。明日からの連休中に読むべき論文を集めておかなかったことに気づいて改めて狼狽して絶望する。
  4. 「広報」の名のつくポストを増やしてスパムメールを流すのを「改善」と称するのはやめてほしいな。「私たちは暇人です」と世間様に大声で言っているのと同じだよ。しっかりして。(疲労がたまって苛ついている自分)
  5. いまだに道に迷っているような心境なので、こういう視点の記事を見ると確かに心がなごむ。「震災は消費者をこう変える(日経ビジネス)」 http://j.mp/jVzkEU
  6. 体験の共有が我々の心情の基盤にあるのだということしかわからない。歳時記に書き留められた共通の体験、被災した人と体験を共有できない自分を後ろめたく思う心。共有した体験を確認するための手段になっている我々の言葉。「言葉は(体験に比べ)無力」と歌う60年代のフォークソング。私小説。
  7. 般養の講義で聞いたK先生のタウマゼインの比喩を思い出した。「あのカール・レーヴィットの弟子のK先生?」「そう」太陽と魚の比喩。頭上の光の原因を確認したくて、恐怖と戦いながら水面上に跳ねてみた魚の話。「一瞬だけ、魚の目にぎらぎらとした太陽が飛び込んできたので魚は驚愕した」
  8. 「魚はすぐに水の中に落ちて、大喜びで仲間のいる深海に戻った」「それから仲間の魚たちに、自分が見た太陽の姿を語った」「この、仲間たちに大喜びで語った、という部分が一番大事で、美しいんだ」30年前の5月頃の講義室、いつもぼくは二階席の前の方で秋田出身の友人を待っていた。
  9. 改めて考えると、この時魚が語っている言葉は日本語ではないように思うのだ。「全ての魚たちはわれもわれもと水面上に飛び出した。そして目で見た太陽について語り合った」と書き換えると、これは「驚き」についての比喩でなくなり、「確認」や「協調」の精神を表す喩えになるから。
  10. 体験を共有している同じ仲間のはず、という意識が言葉でわかりあうための前提になっているから、「帰化しない人には言っても無駄」になるけれど、興味の対象はただ「直接体験」だけであって、勇気ある一匹の詩人の魚が語る「間接体験」には情報価値がないと見る視点は千年不変だから、仕方がない…
  11. 今回のように直接原発に近づけなければ、全ての情報は価値を失い、何も語らないことを目指した記者会見の発言も、悪意の学者の発言も善意の警告も「わけのわからないもの」「無駄」として混ぜあわされて放置されるのだ。
  12. 共感力に満ちているがゆえに共感が難しいやっかいなものからは距離をとってしまう、という遠慮の心、とでも言いましょうか…欧州にて日本人旅行者同士が相手を強く意識しながら無視する視線のような…
  13. @xtranoi 鏡の記事を見ましたが、知識のある記者ですね。それでもまだ自分には「平静」がどこから来るかわからないです。自分らがうまく説明できないだけかと反省することも。それよりHUの先生の話は面白く、特に日本でヘリオガバルスと言われる人の時代には全く無知だと知りました。

Powered by t2b

0 件のコメント:

コメントを投稿