- 14時46分に黙祷、だった。犠牲になった方のために祈るのは当然と思ったが、犠牲者は今も増え続けていること、まだ戦中であって戦後にならないことを思う。黙祷しながらひっきりなしに走り続けている状態というものを経験した人はいないはずだ。
- 自然の災厄に「意思」を感じ取るのが小さな人間の自然な性だと思う。この感覚は現代人は忘れたと思っていたが、やむ気配もない災厄の連続によって古い感覚が呼び覚まされてくるようだ。そんなはずはないと頭ではわかっていても、自然の明確な意思を感じてしまう。「とどめを刺しに来たんだ」とか。
- 大量の遺体を検死している人たちの記事が一番辛い。我慢してでも読もうとするのは、判断を誤らないようにするべきだと無意識が言っているからだと思う。
- 現場に立つと言葉を失う。遠く離れて距離をとると語れるようになる。言葉を失う現場にいる人の方を尊ぶことが当然だと、いつも思っている。だから、語りすぎてはいけない、言葉を失っている人の気持がわからなくなるから、と常に自分に戒めておくべきだったのだろう。
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