2011年7月10日日曜日

2011-07-09

  1. 本日汗をかきながらあった様々な事柄を通して、自分は結局のところ過去と現在と未来に渡る国を愛しているのかと気づいた次第である。だが何故このようなオレつまり黴菌萬が「民間的」なのかな。「そのような高邁な理想は現実的ではない」と役人さんに言われたくない。あたなが語るべき理想でしょ?
  2. 「国」および「国」の名のつく権威を「ぼくとぼくのお友達」の食い物にしないで欲しい。まだ見たことのない未来の、自分とは血縁でない、後輩達の犠牲になることが「公務」の意味ではないのか。突然だが夏に富士霊園に行くことに決めた。
  3. 真昼時に球場脇を歩いていたら、高校野球の選手たちに挨拶された。ジーンズが汗で重くなっている。明日洗濯しないといけない。
  4. 夜のスーパーの駐車場の暗いベンチでパックの白熊を食べているお婆さんがいる。腰が曲がっていて独りぼっちで、一心不乱にかき氷を食べている。5メートル先のベンチでは蛍光灯の光を浴びて、タバコを吸っているお父さんがいる。ミニスカートの背の高い高校生が足音を立てて広い通路を横切っている。
  5. 孤独を耐えている人も孤独になりたい人も、同じ場所で生まれて同じ場所に消える。流れている時間がそれぞれ少しずれているだけだ。何も増えないし何も減らない。全てが押し流されているだけで、だれもが飲みこまれていくという事実にいささかの変化もない。
  6. 尖った樹皮の樹が枯れている。随分背の高い樹だ。小学生の時に京浜急行の窓から夜の家の明かりが次々に流れていくのを見た。頼りない魂のような黄色い光だった。品川駅から親はタクシーを使った。山手線を子連れで乗り継ぐより白金を横切れば安いと計算したのだろう。
  7. マタイ受難曲に代わる何かをデバイスにぶち込んで、人の死を思わずに寝たかったのだが、見当たらない。もう何もかも聴いてしまった気分。駄目だ。音楽のない夜が怖いが、仕方がない。目も耳も石化している。週末は駄目だ。

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