- 古い友人と話をすると、人の人生が一本の連続した線であると実感する。柔らかい紐のように曲がったりうねったりしているけれど、語る言葉や抱えたイメージはずっと同じで、その有機的な線の中を電気信号のような言葉が、数十年かけてゆっくりと先端に向かい運ばれているようだ。
- 何か猛烈に暴れるように、植木の枝を切ったり草を刈ったり、ガレージに転がる家内や子供たちの雑物を片づけてすっきりさせてあげたい。仕事はメッセージではない。歌ったり温泉に入ったりしたい、という捌け口と、バールでテレビを割ってみたい、という暴力の衝動は同じなのか違うのか、わからない。
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