2011年8月28日日曜日

2011-08-27

  1. 新調したミニルーターの調子が良く、接続できる環境にやっとなった。とはいえ今日は結構遠いところに行くのでロマンスカーに乗らないといけない。もう出発しないといけない。ー
  2. 再びeinbahnstr。突然電話をもらって30年振りに千葉駅に降りた。全て忘れ果てているのにその場に立つと建物の構造を感覚が覚えているから不思議なものだ。どこにでもいる五十がらみの男が4人、工事現場で待ち合わせ。
  3. 二軒愉快に過ごしたが、ある人の話題が気になっている。自分にとって大切な人だが不義理をしたまま謝ることができないでいる。幸せの話ではない。気分が悪い。ほかに言葉がない。
  4. 次に皆と会うのは滝の下か誰かの葬式だろう。ロマンスカーに乗り遅れて普通の急行で転がっているところ。喉が乾いた。朝食の時ガラス窓の向こうを揃いのポロシャツを着た人たちが出掛けていった。イベントの仕事。バラバラのズボンと靴の一つ一つが目に刺さる。
  5. いまだに気分が悪い。家内の実家があった成城学園前を通り過ぎた。この景色もよく見ておこう。低層のマンション、電信柱、風呂屋の煙突、多摩川の河川敷の白い柵。
  6. 向かいの席の人、知人に似ていると思っていたら、網棚からバイオリンケースを降ろしていった。やっぱり音楽家だ。綺麗な服を身につけているが、どこか服装には気を使っていないような感じ。数学の先生にもこれとは違った共通性がある。きっと世界と違う接し方をしているのだろう。
  7. 見慣れない相州の風景。小田原を攻める気分になる。温泉の気配がする。失敗した、タオルを持ってくればよかった。そういえば脳出血した義理の叔父のリハビリ施設があって、何度か見舞いに来たあたりかもしれない。
  8. 人里離れた丘の上にある煉瓦色の建物に、同病のお年寄りたちが共同生活。再起、と書いた大きな書がホールにあった。高名な美術評論家の叔父は再起して執筆を再会したが、奥さんが倒れてしまった。大動脈が切れてあっという間。
  9. 再起のために全力を尽くす、とはどういう気分なのだろうか。自分にはまだよくわからないことがある。人の一生に大きな意味はないことだけはわかる。
  10. 白っぽい水が迸る渓流、生コン工場、被爆、東名高速、富士山方面に電車を乗り換える。マニラ食堂という素晴らしい看板、カメラを置いてきたのがつらい。外壁が黒カビで満たされた用品店。風林火山という飲み屋の文字、ここは武田領だったのだろうか。
  11. 昨日イトーヨーカ堂という大きな施設で、割引カードはありませんか、ときかれたので、ありません、と答えた。「私は異国から来た旅の者です。イオン帝国の臣民なのです」という意味である。通貨はWAONです、円本位制で固定されていますが。
  12. 先ほどの目で見た場合に、この人も音楽家だ、という女性が豆腐屋から自転車で走り去った。ピアノ教室の中に入っていく。素晴らしい的中率である。だがこのフィルターはもう外そう。疲れるし病的なだけだ。先程から寿、という大きな看板の文字が痔に見えて仕方がない。ダメな状態。
  13. 富士スピードウェイの近くで蝉の声を聞いている。このミンミンゼミの歌が正当だと思う。深川のはミンが一つ多く、最後のミーが妙に低い音程になっている気がする。待合小屋に入っていたらバスが素通りしていきやがった。頭に来たから歩いて下りてきてやった。
  14. 別の森ではとてもゆっくり歌っているミンミンゼミが聞こえる。要するに個性ということなのか。霧に濡れたBäumeの名前がわからない。檜のように見える。区画の入口にイエス像があり、我は復活なり、と書いてある。再起したのではなくて復活したのだった。
  15. ずっと気になっていることを済ませることができてよかった。この木の下に葬られることは知っていただろうが、今日自分がやってくることを先生は生前決して考えたことはなかっただろう。自分も先生がパウロという名であることは全く知らなかった。
  16. 夢中で音楽を聴いていたらあっという間に新宿に着いた。小腹が好いたがビールのないドナルケバブにはリピートできないな、と思っている間に銀座のガード下に。

Powered by t2b

0 件のコメント:

コメントを投稿