- ゲーテのイタリア紀行を調べていて、彼がフィレンツェをほぼ素通りしたのは何故か、という問題があるのを知った。イタリア人の馭者に、「考えるな、考えるからいけないんだ」と言われる場面があるとブログに書いている人がいたが、元の場所を読みたいがあまりに深夜なので明日にしよう。
- 例によって、イタリア紀行の全文(と思う)がネット上に検索可能な状態で横たわっているのを有り難く思っている。
- 夕方、錦江湾に台風を避けた大きな船が沢山浮かんでいるのを見た。船が好きな人ならばわくわくする風景だろう。桜島との間の狭い水路に大きな船が浮かんでいるのを見ると、怪獣映画のようだ、といつも思ってしまう。息子は呼び戻されて、大量の餃子が残った。
- いつものスタバで珈琲を飲みながら収集したPDFを読み、カラスの声を聞いて焦る気分で深夜の帰宅ドライブへ。横風に吹っ飛ばされそうな状況で、やや緊張した運転をした。深夜に無灯火の車とか、飲酒か居眠りとしか思えない車とか、いつもながら色々な人を見た。
- 真っ暗な海の水面は見えないが、海は強風の中でも生々しい強いにおいを放っていた。
- この夏のプチ趣味と化したperlのお勉強に我を忘れているうちに台風の最盛期となり、晩御飯を買いにイオンに向かう時には前も見えない道をハンドルをふらつかせながら、半ば驚きながら走った。駐車場にたどり着いたが洗車機より激しい雨で15M先の入り口に近づけない。
- こんなことになるとは思っていなかったので、食料がないため突破するしかない。仕方なく半ズボンとサンダルに着替える。走る押入れである軽ワゴン車は本当に凄い。この悪夢を切り抜けるための雑物が車内にあるのだ。
- 一秒で濡れ鼠になったが、200円の黒豚と豆腐を手に入れてきた。華厳の滝で滝行をした気分。家に戻り、アルミサッシを突き抜けてきた水を雑巾でぬぐったりする間に突然雨が止む。その後、静寂が続いている。一体何だったのか。雨が大爆発して火薬のように消えた。
- 豚肉をトマトとケッパー、オリーブとパセリその他で食べた。ワインをまた一瓶飲んでしまいそうだ。もやし、ゴーヤ、ブロッコリーを蒸してオリーブオイルで付合せるところが自分だけのための自己完結料理である。
- 好きなものだけ勝手に作って食べているから気楽です、とか言うようにしているが本当は少し違っていて、かみさんが再発したらすぐに自分が子供に食べさせることになる練習という意味もある。ボーイスカウトだったので備えよ常にだが、気味の悪い思想でもある。
- 望ましく素晴らしいこと、にも常に備えていれば気味悪くもならないのか。単身赴任なので寮食堂で朝昼晩、という人たちには「料理が趣味なんで」と言っておくけれど、本当はしがない男のように気楽ではない。だが不幸だとは思っていない。
- 自分が作ったものを食べて子供が大きくなるのであれば、かなり楽しいだろう。だが気の狂ったお父さんのままで、自分の出番がないことが一番望ましいのは言うまでもない。弁当箱を忘れているので明日届けに行ってついでに連立方程式を解かせてこよう。
- その向うに自裁の臭いがあると気づいてから、家族への思いに当惑することがなくなった。広い意味での好意、愛情の場合も、心から微笑みながら、しっかり目を見てその人の話を聞きながら、自裁の歯が自分の場合光り輝いていることはいつも意識している。
- また、滝が来た。だが華厳の滝ではなく、浄蓮の滝程度である。何だか無性に寂しい。自分は今打ち立てる過程にいると思い込んでいたが、本当は持っているものを次から次へと失い続けているのではないか。読むことも書くことも、得ているのではなく失う行いなのではないか。
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