2011年1月4日火曜日

2011-01-03

  1. 父親が持っていた古い録音のホロビッツ版のバラード集を執拗に聴いていた時期があった。大学から帰った後、深夜に家人の寝静まったリビングルームでヘッドフォンで聴く。千駄ケ谷に住んでいた友人を送ってから帰宅することが多かった頃。
  2. 千駄ケ谷からどの経路で帰ったのかの記憶がない。飯田橋で乗り換えたのか、四谷でなのか、思い出せない。こうしたささいな記憶でも消滅していることに気づくと、自分が情けないのではなく全ての人間の尊厳が否定される証拠のような気がしてしまう。憤慨しながら必死に思い出そうとするが、駄目だ。
  3. シネクドクの項になると別資料を引き出さねばならず、疲れた、もう書けない。ワインが切れて日本酒をあたため出す。もう今日は仕事できないし、今から寝たら箱根の6区、勝負どころを見れないかも…いや、まだ7時間は眠れるのか?
  4. 飯田橋、四谷、「橋と谷が多い、駅の名前に」と6歳の息子が地下鉄で言う。寝たきりの母親を20分だけ見舞うために地下鉄を走った時のことだ。この走ってした見舞いを息子にも家内にも感謝しているが当事者達は忘れている。自分はこの記憶を保持しようと思う。なくした記憶の代替措置である。
  5. たとえ自分がただ一人になったとしても、一応まだほぼ全員が生きていた時のこの記憶が鮮明であればそれを基盤にして自分は正気を保っていられる気がするからだ。
  6. カプツィーナ山のジオラマについて立てた仮説は錯覚と判明した。それで脚注を一つ削除した。眠くならないので困る。
  7. 子供の時にペットの黒い犬を徴用されたお婆さんの泣いた顔をテレビで見た。荒木経惟の「チロ死す」での顔と重なる。こうした思いに感応できるのは子供を必死に育てていないからだとは知っている。
  8. 独りで調査研究して言葉をいじって遊ぶ。だがPoesieのない団欒に死の恐怖しか感じられない自分には別の生き方はできなかった。
  9. ?嘘と本当の区別はできないものだと思うけど。自分が見た事実でも相手が信じたくなければその事実は相手の人にとっては嘘になる。物証があっても人は信じないんだ。そしてこの信じてもらえない、という事態を受け止めない限り、太陽は昇ってこない。
  10. 夢の中で脈絡なく羊飼いになった。十字架道のことを調べすぎたせいか?イタリアの国境近くの山の斜面にいて、冷たいオレンジ色の空気を吸っている。羊たちの長い顔を触っている。
  11. まずい、早稲田追いつめられるの? 息子の模擬試験中でテレビ使えず、ustreamで実況を聴いているんだが…アンカー勝負は血圧に悪い。今日は気が弱い自分。いたたまれなくなってイヤホンを耳から外したが、アナウンサーが絶叫しているのが漏れ聞こえる。
  12. テレビを見始めたのだが、本当にまずいかも。100メートル差?
  13. 逃げ切ってくれた。アンカーの人は辛かったと思う。泣いてたけど気持ちがよくわかる。図書館利用に際して寄付金が求められてきて、またか…と思っていたのだが、嬉しくなったので喜んで寄付しよう。
  14. 激しいレースを見たのでまだ放心している。5、6人でのゴールスプリントまで見た。現実に早く戻らないと。それにしても何故母校を応援してしまうのだろう、しかもかなり必死に。後輩が頑張っていたり、嬉しそうにしているととても嬉しくなる。世代を超えて何かが繋がる実感があるからだろう。
  15. 単純な感情だが、大切な単純さのような気がする。複雑に読んでしまうと必ず読み違えになる。もう一度頭を単純にしてSebastianの詩を読み直してみよう。明日から出勤だし。
  16. 才能がある人は不幸かな、と思う。努力ができなくなって消えてしまうから。才能がないのに途方もない努力をして仕合せになる人を数多く見た。才能とはマイナスのリスク要因のことだろう。だが本当に遠いところに我々を連れて行ってくれるのは、才能があるのに途方もない努力をした人だ。
  17. 因数分解をすれば、途方もない努力ができたときに仕合せになれるのかと思う。ならば誰にでもできるということだ。
  18. 提喩を列挙する部分でどうしてもうまく書き出せない。とりあえず入浴してみて、回復して書けたら書くが、脳がショートしていたらそのまま眠るかも。明日「御用」の始めなので。

Powered by t2b

0 件のコメント:

コメントを投稿