- 今日はサッカーを忘れずに見られるだろうか。解説はまた松木さんだろうか。時々無駄に感じて音を消して見ることもあるのだが、シリア戦では声を聞いていると安心感があった。ああいうお父さん的おおらかさが自分にはない。
- あの時、ああしてあげることもできたのに、というのはいつも手遅れになってからである。気をつけているつもりでも、どうしてもそうなってしまう。
- 既得権益層、という言葉が気になる。10年前、小泉時代の前に村上龍さんのJMMでよく使われていた。この語を定義してほしい、という鋭い質問をしている。[JMM]村上龍、金融経済の専門家たちに聞く Q.131 - http://goo.gl/J7ABX
- 時が流れ、この語の指示対象は「企業・官僚組織内の利己的なグループ」ではなくなり、公務員全体、年金生活者一般、中高年層全般に変わってきた。この10年間状況が悪くなるばかりだった証拠で、好転したのは平蔵さんの関係者のポートフォリオくらいだろう。
- 気になるのは、語のターゲットを意図的にずらす「仕事」の仕方。もう一つは、語の意味が「少なくとも私ではない全般」を指示して燃え上がるという機能。定義はいい、まず標的をどこかに探そう、と野犬のように徘徊するメタファーに言葉が変わること。そしてこの種のメタファーに人が支配されること。
- かつてこのような言葉の働きを自分は自覚しながら、意図的に人を攻撃する手段として使っていたことがある。歳を取って、このような悪事を働く気力を失った。だが自分はこのメタファーを批判しようとしているのか、その力を動力源として利用しようとしているのか、どちらなのか自分でもわからない。
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