- 紙の本はその場で使い捨てられていくものになるだろう。大切なものほど電子データが基本の姿になるだろう。研究書はすでにリポジトリのファイルと化す目処がついている。電子ファイルに愛でるような質感を与えることができるかが次の目的地だろうが、日本人は何処までその新技術に迫れるだろうか。
- 猫を火葬して灰を撒いた海に夕方出た。風が結構強くて海面はゆるくうねっていたが、水面は重たい金属のようになめらかだった。多分触ると猫の毛のように柔らかいはずだ。白い毛足の長い猫を火葬したが、滑らかな毛は全て気体になって消えて灰と骨だけが残った。
- 今現在はOSXが「舐めたいように美しい」ということになっているが、それだけでいいのだろうか。他の方法はないのか。
- 議員の女性たちが和服…こういうきちんとした和装の女性に「悪人の近くにいる人」のイメージがまとわりつくようになってしまっているのは、大変残念なことである。
- 頑張って見る角度を変えてみたりしても、どうしても悪のにおいが漂ってくる。誰のせいなのか?
- しかも、「和装」で検索してみたらアキバ系のコスプレファッションの通販情報が出てきてびっくり。ある意味深遠な関係性の発見にまた沈思黙考してしまいそうになるが、もうやめておこう、この方向は。(「和」とはこういう意味になってしまうのか、未来は…)
- 海を写した写真だった。よく見ると海藻が描く文様のようだ。宇宙空間の星雲の像にも見える。腑分けされた臓器のようにも見える。だが背後に白いズボンの小さな人影が入っているので地球の海だとわかる。
- こういう像の出し方を説明する修辞学の言葉がない。隠喩でも提喩でもない。アナロジーが一番近い気がするが多く使われすぎていて隠喩よりも使いにくい言葉だ。本当は「見立て、なぞらえ」を使いたいのだが、これも今一つうまくいかない。この像の見せ方は抽象画に近いものだからだ。
- 俳句での景物の出し方にヒントがある気がして時々探すのだが、ヒットしない。だが今日は「遠山に日の当たりりたる枯れ野かな」という虚子の上手な句を見つけた。これは今自分が見ているアサヒの山の景色に近い。火山灰の山だけど。
- 比喩ではないのかな…もしかすると。三幅対の働きはどうやって説明されてきたんだろう、今まで。比喩に見えて比喩でないものをどうやって言い表すべきなのだろう。
- @greenpal31 大島紬の発色と衝突した隕石の話ですが、人間というのは常に意外な関係を探し求めながら生きているものなのですね。この関係妄想なのか、幻想なのかに最も興味があります。多分美の本質ですね。
- また、疲れる試合だ。午前中たっぷり原稿書きができたから、午後は分秒刻みのダッシュ、そのまま夜が来た。その後サッカーを観たら、明日の過密スケジュールで倒れるのでは?あ、松木さんの声がし始めたぞ。
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