- 事情があり官舎に入った同僚からの賀状を見て、住所地番が懐かしかった。一時デラックス官舎が問題なっていた時期があったが、21世紀に汲取式深い穴から大量の蛆が出て廊下一面にのたうつ夏の夜、月明かりで銀に光る「それ」を掌の大きさの蜘蛛が食べている、…
- それが我々の官舎の光景だった。お陰様で何処ででも寝られる人間に成長できたけど。シラー通りの超安宿でも南京虫に噛まれながらも力強く眠ることができた。
- 6時間喋り続けているとさすがに黙っていたくなるが、喋っているほうが精神の安定にはいいのだろう。昨日の陰鬱な空が嘘だったと思える明るい晴天、気持も連動して楽天的なる。南の人工林で鳥が複数叫んでいる。精神の安定のために話し合いをしているのだと思う。
- 今日は深夜までのどんちゃん騒ぎは慎んで、さっさと帰ってきた。公の会合では春からの自分の役目を人々との会話の端々に意識させられ、全く気が抜けなかった。公人としてのみ、それなりに酔っぱらって見せるという自己制御は楽ではない。あーあ、と思うが間違いなく歳を取ってしまったのだ。
- そのうちに慣れて、更に面の皮を暑くできると信じている。とは言え、釈然としなかったので近所のレンタル屋でマジカルミステリーツアーを借りて帰ってきた。また変人の行動だが、今日の飲みの道行きはまさしくマジカルミステリーツアーだったのだ。
- 阿久根の消防署の壁画の件だが、RTしようと思ったが自制した。ホラー映画は怖くない自分だが、この光景は本当に怖い。狂詩人を読むことが自分の専門の一つだが、ヘルダーリンは実は狂ってはいなかった、というベルトー説に今日以降全面的に賛同する。
- 本当の狂気は位相を異にするものだと実感する。怖いものが大丈夫な人だけ検索してみてください。ですが勧めません。
- ワインを入れ直したが、まだ怖い。合成写真か何かではないのだろうか。だが作者のおじいさんまでTさんと写真に写っているからな…もうやめよう、次の選挙でも通る可能性ありらしいと考えると、やばすぎる。そうだ、94年のオウム事件初期に感じていた不安に近い。
- 某先輩文学者にかつて言われた座右の銘を思い出した、「文学者が尊敬されるって馬鹿なことを言うんじゃないよ、文学者ってのは「ほら見てご覧、あそこに馬鹿がいるよ」って指さされて笑われるのが仕事だよ」
- はっとしたが、今思えば笑ってもらえるだけまだこっち側の人と見られているわけで、十分大丈夫な人なのだ、文学者は。
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