- @xtranoi 大変な仕事ですね。頑張って、などと無意味なことしか言えないのですが…しかし本当に教職ですか?そちらでは違うのでしょうが、日本では寂しい仕事です。
- ストラスブールの駅で切符を買った時、ドイツ語のマークがついていたのでドイツ語で話しかけたらSNCFの駅員が交代して応対した。自分の隣に家内がいてやり取りが終わるのを待っていたが、彼女はニュルンベルクでぼくがAschenbecherという単語を教えなかったことをその時憎んでいた。
- この切符を買った前日の曇りの午後に、ストラスブールに着いたのだった。駅前のカフェで煙草を吸った。Aschenbecherはどこかと訊ねると、店員は地面を指して「ここだよ」と言った。
- ストラスブールやニュルンベルクという地名は二度と我々の口から出ることはなかった。消された記憶、消える言葉に、では意味がないのだろうか。それらは私たちが知覚できない光を放ちつづけていて、私たちはその光にいつも射られていることを絶対に感じられないでいるのでは?
- 彼女はその光に射られることを避けるために憎むことにして、記憶と言葉を封じることにしているのか。台風が通り過ぎて空が晴れてきた。台風の後の晴天は内部がむき出しになるような気味の悪さがあって、疲れもあって気が滅入る明るさなのだ。
- 好物の軽くあぶった鯖の寿司があったので、つい買ってしまい、海沿いに車を停めてゼロビールとともに食べている時、堤防越に盛大な噴煙が、いつものように音もなく上がり始めた。
- 西日が大隅半島に当たり、台風に塵が吹き飛ばされているので、遙か彼方なのに植物の葉の葉脈が事細かに見えるほどの解像度だ。明晰すぎるのは気味が悪いと思う。透き通ったレンズを通して内臓に白い光を当てながら血管を観察する風情の景色を見ているところ。時折暴風。
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