2011年9月15日木曜日

2011-09-14

  1. し尿のついたブルーシートを独りで洗っている若者がいる。バイオの研究。卒検生が丁稚奉公の仕事を大真面目にやっているのにはいつも感心する。気温は高いが陽射しが秋、朝の光が黄色っぽい。
  2. あきれたことに幹事長らの対応を言論弾圧などと言っている新聞があるらしいが、盗人猛々しいとはこのことだな。真実を知る権利を我々から奪っているのはあんたたちだろう。外国の報道を直接調べないと騙されるぞ、とmotivierenするのが語学の教室の位置になる。何だか虚しいが仕方がない。
  3. もう30年近くも前のことだが、竹橋の駅を出たところで、ぼくは近代美術館に行くから、と言って誰かと別れたことがある。その人は男性で、明るい雰囲気の人だった。ショルダーバックを左肩にぶら下げていた。だが誰なのか思い出せない。
  4. 地下鉄の階段を出たところには元気のない植物のたまった植え込みがあった。右が横断歩道。太陽がハレーション気味に強く差し込んでいたから、夏前後の明るい季節だったかもしれない。明るい気分のその人とぼくは別れたが、一体あれは誰だったのだろうか。
  5. 地球が黙々と一回転する、その動きに合わせるように黙々とページを繰る一日だったが、こんなことが楽しいことなのか苦しいことなのか何だかよくわからない。メランコリーでない悲しみ、という語に出くわした。切り離して見ると何これ、というつまらない表現だが、ある文脈の中にあると美しいのだった。
  6. 大きな川が東に向かって流れてきて、海に近い場所で合流する。太くなった川は更に幅を広げていって、いつの間にか海に出ている。海はロマンチックに無害化されたそれではなくて、危険で残酷な銀色の広がりである。人はその海辺にたどり着くと黙々と船を出す準備をする。
  7. そのようにして船で東に向かうということが、生まれた場所にとどまるということなのだった。語られた言葉は意味を解明されることなく流転していく。言葉はそのようにして留まっていく。これが事実であることが悲しい。だが黙々と明日に繋がる類いの悲しさに思える。
  8. 誰なのか名前が判然としないヘルダーリン学者の説明に感心、ということがあったので、よい日だった、ということにしておこう。本当は別の問題に引っかかってまだ未解決。書くべきメールを放棄し、かけるべき電話をさぼった。社会人失格、どうでもいい、というありがちな遊びの心に陥っているだけ。
  9. とはいえこの作業の続きを早くしたい。早く明日が来て欲しい。酒も野菜も十分に買いだめてあるから集中できるはずだ。明日のためのその一は取りあえず寝ておくことだな。

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