2011年9月25日日曜日

2011-09-24

  1. Abendgebetの前がいいということで微妙な時間に市内に出ることいなった。世俗人なので夕方は飲んで帰ることにする。木のカウンターを磨いて乾かして暖色系の光を灯す店が多すぎるから。黒麹の何かだったけど、四合も飲んでしまった。
  2. 鰹と秋刀魚が刺身で出てきた。たっぷりの博多葱と生姜が美味しい。茄子と豚を九州の甘い味噌で混ぜたものを食べてから、ゼーバルトの 真似をしてみようと思い立って海の近くの倉庫街の方に歩いて行って道に迷ってみた。必ず目的地に着くことを知っている上で道に迷ってみる、という批評家の生き方。
  3. 批評家の多くはゼーバルトを知って、俺も小説書けるかも、のはず。だが芸術家の場合は書いている時は目的地に着く確信はないと思う。スタバに入って口の中を火傷した。痛い。好意を持つ。愛情がある。その応えが戻ってこないことを確認する。戻って来ることがあったら大変だ。ただならぬことだ。
  4. 自分の言葉の1%を口に出し、その1%を書き残す。その中の1%から声が返ってくる、だいたいそれぐらい。多くのことと多くの人を愛して、その人生の中で何分くらい語り合う時間があっただろうか。丼勘定だが5年分くらいはあった。尋常でなく多い。幸せな人生だったと神に感謝したい。
  5. 一日の24時間のうち起きている時間の殆どで、誰かへの好意を感じている。そのうちの5年分くらいが戻ってくる。3%くらい? 丁度いい割合だと思う。寝ている間は夢という自分自身への好意の時間に使う。
  6. 往きも帰りも追加料金の特急になってしまった。シートの生地が豹柄である。プラスチッキーなテーブルまでついていて、スナックを思わせる渋い内装だ。やめておこう、言いすぎになる。だが昼間もこの内装で走っているのだろうか。まあ、どうでもいいことだが。
  7. 薄い水割りや柿の種を車掌さんが売れば車内は楽しくなるだろう。特急料金などというショバ代の集金より喜ばれるだろうし。規制?また言いすぎになっているな。
  8. アリョーシャの予言通りに不幸せな人生だが、自分は幸せにやっている。どうせ不幸せだから、残りの時間を子供がこっちに回せというのならどうぞ、の感じ。旧大隅国分寺跡近くの暗渠は台風がらみの大雨で大音響の水音。領域の西端で尼寺だったらしい。
  9. 銀色の曇空で運河の気分である。飛行場から離れていく時の、モノレールの大きな窓から眺める水の多い景色が思い出される。鳥も虫も鳴いていない。人の声もしない。秩序があり悲しい期待がある。白いシャツを着て赤い舗道を入っている人がいる。
  10. 年末年始までタスクがびっしり詰まっているのを確認した。一瞬で消える三ヶ月。秋が来てしまった。若い頃は秋が好きだったが、どういう感覚を自分が持っていたのかを思い出すことができない。年を取るとホラー映画を笑って見るようになり、秋を怖がるようになる。
  11. 北の丸公園から九段に降りていく坂道で考えていたことを全て思い出すことができる気がする。一口坂を降りて堀を渡るコースもいい。下り坂の開放感。冷たく切った蕎麦を食べている人がいる。自由過ぎて怖い。感情がわき上がりすぎて書き留めることが出来ない。
  12. 季節が変わって気が弱くなった。次にこの冷たい空気が抜けるのは3月か、と思った瞬間に気が遠くなりそうだったから。国が滅びる時にぼくはアイヒの下で道に迷いながら冷たい空気を吸っていた。秋の間に霧島山に一度は登ることと、宮崎市内の美術館に行くことをノルマにしようと思う。
  13. 人恋しくなったから逃げ回っていたmixiの友人に手紙を書こうかな、と思う。勝手だが、こんなものでしょう。トンビのように上空を旋回しながら、疲れたら岬の灯台近くに降りる。
  14. 自分の気圏から去っていった多くの人のことを考える。匂いのない遠い場所にいる人たち。復興は恐ろしいことに貨幣という臭いのない媒体が主体になることが決まったらしい。肉体を捨てた21世紀に間違いがない、と言いつづけている人がいる.
  15. Wir folgen weiter dem unglänzenden Wasser. の気分。去った人たちは糸の細い繊維を繋ぐように目の前の交差点を横切っている人たちと連なっている。その繊維が絡まりあって銀色の紙になっている。その紙に落ちたインクがにじんで文字にならないでいる。

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