- 心と口と行いなのだから、隠さずに語るという自分の往き方は間違っていないはずなのだが。昨夜は随分たくさんマーラーの動画を探して聴き、最後には漫談のようにして始まるイギリスの番組に付き合って9番を眺めていたら4時を過ぎてしまった。寝床で眠れないままバッハを聞くと夜が明けてきた。
- 三時間程で目が覚め、写真をめくっていたらKorn in die Erdeの歌詞が出てきたが、意味を理解することができないでいる。愛と書いてあるが、本当に夜空の月のことだろうか。昨日結局立ち寄った温泉場で目が合って満面の笑みを浮かべたお爺さんの心のことか。我が子を悲しむことか。
- 子供にキーホルダーを届けるために、家内と子供がいるマンションに寄ったが、映画を見に出ていたとのことでポストに投げ込んでおいた。崖を削った狭い駐車場で灰が汚れた雪のように固まってタイヤが滑りそうだ。エントランスの天井が低いことで寂しくなってきた。
- 夜、挨拶の電話があったが、話していると不安の息吹が伝わってきてこちらも苦しくなる。独りで静かに休んでも鬱が近づいて来る。心安らかにフラットに生きるということがどういうことなのか全くわからない。自分の問題ではなく相手にどうしてあげるかの問題だとはわかっているがどうしようもない。
- 最後、未解決の音で終える、という現代風の結末に嘘くささを感じているところ。かといって別のやり方は思い浮かばないのだが。
- あなたの声を聞いてから猫が安心して寝るようになった、と言っている。このまま猫が死んでしまったら、自分は人生は生きるに値しないと結論するだろう。腎不全なのだからその日はもうすぐである。讃美歌は誤りで命は次々と終わっていくものだ。
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