- 最近困ったことに睡眠が浅く、いや、深いのかも知れないが、5時に目が覚めてしまう。あきらめて寂しい気分にあったイメージを探していたところ、案の定携帯が鳴って呼び出された。相変わらず咽が痛いが、シャワーを浴びて出かけた。この出来事は今しがた一段落した。
- いつもと同じで、何かを解決したという気分よりも、つかみ所のない、刺っとさせられる徒労感に包まれている。相手の若い人の気分が乗り移ってきたのかな、とも考えたが違う気がする。一日中無理して喋っていたから、声が出なくなった。明日は木曜日だ。そういえばいつからか、水曜の夜が寂しい。
- そして土曜日に鬱になり、日曜日は目茶苦茶である。月曜日に不意に我に返り、火曜日は落ち着いて過ごし、水曜に再び沈む。
- 日々気づかされるのは、自分がしたいことをしていないことだ。自分が喋りたいことを喋っていない。これは自分に課している、真の心は言葉にして口から出すべき、というありように反していると思うのに、何故行動や言葉から遠く離れて、黙々とつまらない業務に従事しているのか。
- これが自分である、と信じているその自分を疑っている、というか、薄気味悪いと感じている自分がいて、勘違いするな、お前は既に死んでいるんだぞ、と言われている気がする。不穏な幻聴に耐えながら、真の心が本当に心なのかを確かめるために、イメージを探して目で見える形にしたいのだと思う。
- 結局のところ、新しい仕事を立ち上げるための準備、的なことを考えている時だけが楽しく、それでは成長路線と仕事中心思想に逃げてきた昭和時代人の心根と同じではないかと思うのだが、事実昭和時代人である以上諦めて同じパタンを繰り返すしかないのであろう。
- そういえば今朝方からiPod様はビートルズを連続して流し始めて、気分よく運手していたのだった。すっかりそのことを忘れていた。世界を変えようという意思はなく、世界の方が変るまで淡々と光合成を繰り返す植物の方が、動物より高潔な生き方に見えてならない。
- 帰ろうと思ったところまだ残業している人の部屋があった。自分が今日あれこれ頼んだためにまだやってんだ、と思うと申し訳なくなり、再び机につくが、雑用系は気力が切れているので春に手に入れたままになっていたベルリンの古写真集の吟味を始める
- 1910年代までの地図と照らし合わせてあれこれ妄想していたが、30分もしないうちに猛烈な疲労感で気管支の炎症も高まり始めた。考えてみれば昨日は寝不足だった。結局朦朧としながらスーパーを経由して帰る。
- 夜の時間で安売りになっている刺し身売り場に人だかりができていた。その老若男女が漁船に一網打尽にされている魚たちに見えてきて、あそこに近づくと危ない、と諦める。だが一時すると人々が散り始めたのでそっと近づくと、値札が80円等々なのでやっぱり買ってしまう。
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