2012年6月12日火曜日

2012-06-11

  1. 恒例のことだが日曜日の昼酒に陥り、酩酊しながらカンタータばかり聞いていた一日。言い訳がましいが、午前中庭仕事はした。メキシカンセージとユーカリを刈り込んだ。酔っ払いながらブロック塀のてっぺんに登った。梅雨の晴れ間の日。湿気が多い空気は重たかった。
  2. YouTubeのマズーアによるマタイ受難曲は頭上にいる子供の合唱隊が青ざめた天使に見える。画像がザラザラなため、浮遊している死者のようにも見える。マズーア氏の奇怪な動き。口を凄まじく大きく開け閉めして合唱を鼓舞しているのだが、老人が溺れて苦しんでいるように見えて怖ろしい。
  3. 最も好んでいるのがアーノンクールのカンタータ147なのだが、彼の表情が誰かのモノマネをしている志村けんに見えるので、結局指揮者の顔を見ると音楽に集中できないと悟った。普通後ろから見るわけだから音に集中できるのだ。
  4. 同じことを呟くが、このままうちの猫が死んで行くのであれば、人生は生きるに値しないと結論づけると思う。もう一升瓶が半分になるほど焼酎を飲むのだが、全く酔うことができない。マタイ受難曲を好む友人に手紙を書こうと思ったのだが、酔ってないのに脳が散漫で全く駄目だった。
  5. ヨハネ12ー24はルター訳が現代訳と違っている部分だ。またもドイツのサイトに各年代のルター訳聖書を見比べられるページを見つけ、疑問はほぼ解決した。いつもながらありがたいことである。
  6. 仕事というものはつくづく必要なものだと思う。整列した人の前でマイクを持った瞬間、自分の中に皮膜が形作られ、ああ、これが今から話すべき言葉なのだな、と気づく。こういうきっかけを失うと、溶き卵の状態がずっと続くばかりで形を失い続けるのだろう。
  7. 庭は薄暗い梅雨の朝、一面灰色の中で紫陽花だけが激しい紫を放っている。音と光を吸い込んでいるような濃い紫の色合いだ。吸い込んでから色を放つ、という塩梅。多分この花は今、変幻自在の歌を歌っている気分なのではないだろうか、人間の耳には聞こえないが。
  8. 変なメールが来た。無視しようと思ったが、あまりに不快なので返信した。寂しいな。寂しいから仕事しよう。生涯仕事は続けていこう。望んだり願ったりしなくてすむように。希望を持ちなさい、なんて嘘をつく事は自分もある。本当は傷つく危険があるから、希望は注意深く消しながら歩くのが正しいんだ。
  9. 随分激しく雨が降っている。今日は信用していた人に裏切られて、むかついているから筋トレかな。人と接している限り、生涯に渡って人の心の奥深さを学び続けるのだろう。相手に依存していたわけではないからストレスはない。軽蔑と失望を淡々と感じているだけだ。

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